2011年12月9日金曜日

ガラパゴス・スマートフォン docomo AQUOS PHONE slider SH-02D レポート

スマートフォンには興味があるけど、どうせ使うのは電話とメールだけだし、ボタンがないからどう触っていいんだか全くわかんないんで、買うことを躊躇されている方も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか?

実は、私の両親もまさにそんなタイプで、これまで私のiPhone3GSやらGalaxyS2やらを見るたびに、いつも羨ましそうにしながら、「これからこれ(スマホ)が主流になるんやろ」と、良くわからないけどしきりに言うのでした。

そんな両親の携帯も5年以上経ち、さすがに調子が悪くなってきたことから、半年くらい前から、「思い切って携帯を買換えたいので、何かいいのを選んでくれ」という曖昧な依頼がありました。

私の両親は70歳前後ではありますが、比較的早くから携帯を使っていましたので、メールはデコメで送ったりもできます。ですので、らくらくホンみたいなのはあまりにお年寄り向けのシンプル過ぎるのも面白くないし、かと言って一挙にスマートフォンにしてしまうと、本来の目的である電話をかけることすら、多分慣れるまでは大変だろうしなあと、機種の選択に迷っていました。

そうこうしているうちに、先日ドコモから意表をついた商品がでました。SHARPから発売された AQUOS PHONE slider SH-02Dという機種です。これはスマートフォンなのにテンキーがついているという、スティーブ・ジョブスが聞いたらひっくり返るようなプロダクトです。

「これなら、うちの親でも今までの携帯の延長線上の感覚で使えるのでは!?」と直感的に思い、ドコモショップで触らしてもらった後、早速購入することにしました。

本日、実機を入手しましたので、折角ですから親に渡してしまう前に、皆さんに特徴をご紹介したいと思います。

先ず、ドコモの箱は相変わらず何の愛想もありません。









フタを開けると同梱されているのは本体と、充電用具一式とUSBケーブルです。

Apple好きの人からすると目を覆いたくなるような光景かもしれません。








起動中。どんな初期画面が出てくるのか、ワクワクします。











テンキーをスライドして、手に持ったところです。
閉じた状態で持つと少し重いように感じましたが、開けて持つとしっくりときます。

初期設定のホーム画面では、ガラケーっぽい羊のコンシェルジュの後姿も見えます。

こうやって見てみると、スクリーンのちょっと大きめのガラケーのように見えて、スマートフォンであるとを気付かれないかもしれません。

スマートフォンを持つのがちょっとコッパズカシイという方にはむしろいいのかもしれません。


テンキー部分の拡大。特に変わったところはありませんが、通話と終話のアイコンがすっきりしすぎてて分り辛いように思います。

以前私もスライド式の携帯を使っていましたが、それに比べてもキーそのものは、それなりの大きさと膨らみがあって、押しやすく感じました。








電話をかけるときは、これまでのガラケー同様にテンキーで数字を入れていくことができます。

もちろんタッチパネルに表示されたキーを触れることで、入力も可能です。






当然ながら文字の入力もこれまでのガラケーと同じようにテンキーで操作が可能です。同時に、変換候補の選択はスクリーンに表示された文字を手でタッチして選ぶこともできます。

これは慣れると、左手親指でテンキーを押して、右手人差し指で変換候補を選択していくということができますので、実は一番早い文字入力方法になるのではないかと思います。




スマートフォンを使い始めると、一番利用頻度が高くなるという機能は写真撮影です。この機種もごく普通のスマートフォンと全く同じように撮影が可能です。

シャッターはテンキー上についているカーソルキーの真ん中の決定ボタンでも押すこともできます。




ホーム画面一覧というのでマルチスクリーンのように表示ができます。しかしこれは、うちの親は慣れるまではあまり使いこなせるように思いません。


置くだけで充電できる充電器に、父親用と母親用のものを仲良くならべて充電しています。
これも実は便利なんじゃないかと思います。スマートフォンはガラケーに比べて、どうしても電池の持ち時間が短いので、充電の頻度が増えます。
これまでのスマートフォンはUSBケーブルを抜き差しして充電していましたが、置いておくだけだとずいぶんと楽になると思います。
夜寝る前はここに置くことを習慣づけると、バッテリー切れの心配がなくていいのではと思います。


結論からいうと、私はこれはこれで十分有りなのではと思います。
確かに、スペック的には他の新機種に比べて、見劣りするところがあります。LTE対応ではないし、画面サイズも主流に比べたら小さめだし、CPUも特に早いわけではないし、Androidも最新ではないです。

しかしながら私はあえて、ガラパゴス・スマートフォン、「ガラスマ」とでも名付けたいこのプロダクトは、これまで長らくガラケーに慣れ親しんだ方が、特にタッチパネル入力の違和感というハードルを感じずにスマートフォンの機能を楽しめる商品ではと思います。

あと、これはドコモショップの店員さんから聞いた話ですが、通常のスマートフォンは立ち上がっているアプリを終了確認するのに、タスクマネージャが必要な場合があります。この機種では、通話終了ボタンを押すことで、立ちあがっているアプリケーションを終了させることができるとのこと。この機能は、パソコンを全く使ったことがない人も感覚的にわかりやすいのでは思います。

この機種は年齢層が高い方だけでなく、携帯電話を通話に使われる、いろんなところに電話をかける頻度が高い方々にもお勧めできるのではと思います。

私の親も、折角全く同じ機種を買いましたので、二人で仲良くいろんなことを試して、教えあいながら、スマートフォンがもたらす全く新しいITの世界を楽しんでいってほしいと思います。



2011年12月8日木曜日

TechWave大阪勉強会 上原仁さんの話を聞いて

昨日、TechWave大阪勉強会で、マイネット・ジャパン代表取締役の上原仁さんのお話を聞く機会に恵まれた。上原さんと私は起業される以前に勤められていた会社がたまたま同じということもあり、その会社を選んだ理由、そこでやりたかったことなど冒頭の自己紹介の部分から共感できるところが多くあり、勝手ながら親しみを覚えながらお話を聞くことができた。

約1時間半にわたって、単なるベンチャー立ち上げのノウハウとかではなく、大企業での会社勤めから起業し、これまでやってきたことを振返って、本当に事業にとって大切なことについて話をしていただいた。

それにしても、成功の定義は人それぞれによって違うが、それが仮に、自分がこれと思った事業を始め、社会にその価値を認められ、生計をたてることができるようになり、少なからぬ従業員も雇用できるような経営者となることとすると、それらの人には共通したものがあるように思う。

まず、「強く思う」ということ。
上原さんは新入社員のころから、自分は社長になると決めていて、言葉にも出していたという。何となく、「いつか社長になれればいいよなあ」という人は決して社長にはなれないと思う。いや、なれないのではなく、むしろなろうとしていないのではと思う。強く思うことによって、「じゃあ、どうやったらなれるのか」という次の思考に繋がり、それを実現するための行動に進んで行くに違いない。

誰にでも分かるメッセージで伝える。
マイネット・ジャパンのホームページには以下の文章が掲載されている。

私たちは『どこでもドアを実現する』を企業理念としています。
「どこでもドア」の意味するところは、 「会いたいときに、会いたい人に会える社会」の姿です。

この言葉は、社長が自ら語らなくとも、初めてこの会社と出会った人にも、スッと浸透し、会社の向かおうとしている方向が理解できる。

一見無駄に見えることでも、その中に学ぶべきものを見つける。
話を聞いていて、新鮮だったのが「ベンチャーキャピタルから融資を受ける方が、大企業の経営会議で自分の作った資料を幹部から突っ込まれないようにすることよりも簡単。」これは、文字どおり受け取ると誤解してしまうと思う。大企業で幹部への説明資料をせっせと作ることは、現場の人間からすると、これほど無駄なことはないように感じられる。ところが、上原さんはこんな一見無駄に見えるようなことでさえ、「どうやれば相手に分かってもらえるか、安心して意思決定してもらえるか」を職業経験として学ばれていたんだと思う。

スマートにリスクをとる。
大企業からベンチャーの経営者というのは傍目から見ると大胆な転身に見える。事実そうであると思う。しかし、これは無鉄砲に飛び出したということではなく、ちゃんと事前に検証期間を置かれていた。勤め人の間に、自分の年収を一曜日あたりに換算し、それと休日に週一回やったとしてこれくらいは稼ぐべしという目標値をたてて、 自分自身のKPIとして測定し、確信を持った後、これなら独立して行けるという判断につなげたとのこと。

当たり前のことを忠実に実行する。
IT系企業の社長というと、斬新なアイデア一発勝負、最先端技術が何よりものを言うというようなイメージがあるが、決してそれだけではない。短期的にはそれでもいけるが、持続的な事業を営まれている経営者は、むしろごく当たり前のことを着実に実行することを非常に大事にされている。

必死で働く。
そして何よりも、「必死で働く」。上原さんからは「一年365日ですが、700日分くらい働きました」という言葉が出てきた。経営者に限らず、事を成す人は一人の例外無く必死で働いている。必死で働いたから必ずしも成功するとは言えないが、必死で働かずして成功した人など絶対にいない。

終了後、懇親会での他の参加との交流も含め、有益な学びと共感の場であった。

2011年12月6日火曜日

New Kindle 6" 入手しました

前から欲しくて、10月の末に日経がAmazonが電子書籍の国内参入の記事を読んで以来、ずっと我慢してたけど待ちきれなくなってしまったので、US Amazonから直接購入しました。日本ではAmazonが直接販売はしていませんが、出品者から購入可能のようです。

箱を空ける以前に先ず驚いたのが、その物流のすごさ。私が発注をしたのは11/30のPM9:30頃。翌日12/1には"Get ready: Kindle is on the way(準備はいいかい:Kindleが出荷されたよ)"というメールが届き、「Amazon、やっぱりKindleには気合いが入ってる」と思ってたら、なんと明くる日の12/2の夕刻、実機が到着しました!

モノは単行本くらいのサイズの箱に、こんな感じの梱包で入っていました。大きさを理解いただくために缶ビールを置いています。


同梱物はUSBケーブルとフタに差し込まれている薄っぺらい説明書だけです。

起動時はパソコンにUSB接続します。

重さは実測値169g、軽い!ちなみに普段使っているGalaxy S2はケースに入った状態で139g。持った感じは手に当たる面積が広い分、かえってKindleの方が軽く感じるくらいです。

Amazonが提供する電子書籍そのものはこれまでもKindle for PC, Kindle for iPad, Kindle for iPhone, Kindle for Androidで試していました。ところが、私にとっては致命的な使い辛さがありました。それは、いずれも「目が痛くなる」ことでした。私なりに工夫してみて、表示設定を変えて、白黒を反転させて黒字に白文字で使ってみたりしましたが、やっぱり暫く読んでいると目が辛くなってきて読み続けることができませんでした。
Kindle端末の最大の売りはeInkと呼ばれる、電子インクだと思います。これはバックライトを必要としませんので非常に目に優しい。実物を初めて見たときはプラスチックに直接印字したものだと勘違いしたくらいです。これなら目への負担が紙と変わりません。

価格は本体$109.00と送料$12.98で、トータル$120.98。日本円だと78円/$で換算すると9,500円弱になります。英語の本を年に何冊かでも読むことがある人だったら、全部が全部ある訳ではありませんが、Kindleで購入すれば輸入書籍を購入するより安くつきますので、費用対効果が高くて結局得なのではと考えます。

KindleをiPadと機能比較する人もいますが、私はKindleは電子書籍専用端末という全く違う位置づけのディバイスだと考えています。キッチンに置いてある家電で例えれば、Kindleがトースターで、iPadがオーブンレンジでしょうか。後者はあたためたり、グリルしたりパンを焼いたり、色々な料理ができて楽しく重宝します。でも、毎朝食べる食パンはトースターが一番上手にトーストしてくれるような感じです。

2011年11月25日金曜日

Evernote + スマートフォン=究極の名刺管理

Evernoteはずっと以前から、クラウドの本命と言われていたので、一年半以上前にアカウントを作って、アップロードの実験に数回写真をアップしたものの、その後は全然使っていませんでした。ところが、先月参加させてもらったWSWSさんの勉強会で五藤隆介氏の講演を聞いて、その凄さに気づき活用し始めましたので、皆さんにもヒントになればと思いブログに書きます。

はっきり言います。Evernoteの最も絶賛すべき特徴はOCR機能です。OCRとはOptical Character Recognitionの略で、光学式の文字認識の機能です。つまり紙に書かれている文字をテキストデータとして読み取る能力と言っていいでしょう。EvernoteはこのOCR機能が絶品です。

ご存じのとおり、Evernoteはデータをクラウドに保存するサービスです。Evernoteの驚愕すべき機能は、保存されている画像データの中の文字をOCRで認識することができることです。つまり、紙に書かれている文字をデジカメで撮影してEvernote上に保存すると、そこに印刷されている文字をデータとして認識することが可能なのです。

もっと具体的な例で言いますと、名刺をスマートフォンでパシャっと撮影して、Evernoteで保存するだけで、後からそこに印刷されている文字で、その名刺の画像を検索することが可能になるのです。

ただし正直なところ、日本語の認識能力は現段階ではさほど高いとは言えないです。「それじゃ、名前や漢字の会社名は検索できないじゃん」という声が聞こえてきそうですが、実はそれは問題にはなりません。

今の世の中、名刺には殆どメールアドレスが記載されており、アルファベットで表記された名前なり会社名がそこにあります。Evernoteの凄いところは、アルファベットである限り、通常の名刺に印刷されているメールアドレスのような小さな文字でも検出してくれます。

それに、名刺をもらってスマートフォンで写真を撮って、すぐに保存すると撮影した日付時間が分ります。それに、位置情報も付けておくことも可能ですので、後々探し出す時の有力なヒントになります。

データはサービスが存在するかぎりクラウドに存在します。パソコンが変わろうと壊れようと関係ありません。外出先からでもスマートフォンのようにネットにつながる機器さえあれば、必要な連絡先情報を探し出すことが可能です。それに、もう物理的な紙名刺の保存場所や並び順に頭を悩ませる必要もありません。

私はEvernoteのこの機能のお陰で、生まれて初めて名刺をもらって以来、ずっと悩み続けた名刺の管理方法について一挙に問題が解決しました。

ピンとこない人も騙されたと思って、一度やってみて下さい。確実に感動します。
つくづくITは素晴らしいと思います。

2011年9月14日水曜日

ワークライフバランスを考える

最近ワークライフバランス(Work Life balance)という言葉をよく耳にするようになりました。意味するところは仕事ばかりではなく、家族との団欒や趣味にも時間を上手に配分しましょうということだと思います。
ところで、Lifeという英単語について日本ではその名のスーパーマーケットもあることから、生活という意味でとられることが多いように思います。英語で"Every day life"と言うと確かに「日々の生活」ということになります。方や、実はLifeというのは人生という意味もあります。"That's my life"という表現の場合、「これが俺の人生、生き方なんだ」というような重みが出ます。
そこで、よく聞くワークライフバランスでいうところのライフは一体どちらなんだろうと考えます。
私にとって仕事とは紛れもなく人生の大きな位置を占めており、単なる生活の糧を得るための労働ではありません。例え、現実の生活では事実上そうなっていたとしても、多くの人にとって、一日で起きている時間の大部分をついやす仕事は、自分の人生、そして他者の人生にとっても何らか意味のあるものであって欲しいと望んでいるのではないでしょうか?
正直なところ、企業の中で言われているワークライフバランスは残業時間を減らす口実としだけに安易に使われているように見受けられます。
私は仕事に対して意義、使命感を感じやり遂げることは非常に人生のという意味でのライフを充実させるものだと信じます。つまりワークとライフ、どちらかを取ればどちらかを失うという関係ではないと思うのです。
その反面、ワークライフバランスを企業内で推進する業務を担当されており、こんなことを言う人に出くわしました。経営層にいるその人は、社員に対して「仕事に達成感を求めないで下さい。淡々とこなしてこなして下さい。」と言っているということです。こんな考え方の下では、例え今流行りのコンプライアンス遵守だけはできても、その職場から世の中で評価され、その価値を認められるようなサービスやイノベーションは決して生まれることはないでしょう。そして何より残念なのは、そこで働く人達は仕事を通じてのみ得られる貴重な人生の充足感というものを味合わせてもらえないということです。
「そんなのは個人次第」と言ってしまえばそれまでですが、折角何かの縁があって一緒に働くからには共によく生きるということを私は大事にしたいと思います。

2011年9月11日日曜日

それぞれの9.11 10年目を迎えて

10年前の今日、自分はアメリカに居た。ボストンで大学院に通っていた。
その日は講義が昼からだったので、予習のために夜中にまで起きていたこともあり朝はいつもよりゆっくり目に寝ていた。そこで、日本からの一本の電話で起こされた。その電話の第一声は「飛行機がビルに突っ込んだが大丈夫か?」。「ん?」まだ寝ぼけていた私は、何を言っているのかさっぱり理解不能であった。ともかく「ここは大丈夫だよと」とだけ答えて早々に電話を切った。そこでテレビを付けてみる。すると、これまで想像もしたこともない不思議な光景が映し出されていた。WTCビルから煙が出ている。「何これ?」それしか頭に浮かばなかった。アナウンサーの言葉は飛行機がWTCにぶつかったということを悲壮な声で繰り返し伝えていた。ようやく日本からの電話とテレビの中の光景が完全に一致した。「大変な事故が起こったもんだ」と目を見張った。なす術もなくテレビを見つめていると、その次の瞬間、さらに信じられない光景が目に飛び込んだ。双子ビルのもう一つの棟に別の飛行機が突っ込んだ。私はとても自分の目の前で起こっていることを信じることが出来なかった。
その日はあまりの事態の大きさに、現地の学校関係はほとんど臨時休校となった。ところが私が通っていた大学は通常どおり開講するという選択をした。早い昼食を済ませ、これまで味わったことがない気分のまま私は大学へと向かった。通学途中のボストンの街並は、昼間にも関わらず、息をひそめたように信じられないほど静まり返っていた。アメリカでは全てのビルと言って良いほどに国旗が見られる。そのいつも誇らしくかざしているはずの全ての星条旗が半旗で掲げられ、ただ静かに風に吹かれていた。こんな悲しそうなアメリカは見たことがない、アメリカが泣いている。そう私は肌で感じた。
その日、大学では本来Strategy(戦略)の講義が予定されていたが、通常の授業などできるはずがなかった。静まりかえった教室で、教授は「今日の出来事について何か言いたいことがある人はいるか?」と生徒に発言の機会を与えた。いつも真っ先に発言する連中もこの日だけは黙っていた。ただ何人かが自分の感じたことをまとまらない口調で発言していた。不思議なことにその時、アメリカ人学生の言ったことは全く記憶していない。いまだに自分が鮮明に覚えているのは他の留学生仲間の一人が言った次の言葉だ。「今日の出来事は何らかの憎しみから起こったことだけは間違いない。これが何に端を発しているか振返って考える必要があるのではないか」。普段なら誰かの発言に対して必ずディスカッションとなるビジネススクールも、この日だけは誰も何も他の人間が発する言葉に口を挟むものはいなかった。
私にとっての2001.9.11はそうやって過ぎた。

その日からアメリカは変わった。特に外国人に対しての見方や接し方が変わった。それはこんな風な形でも現れた。その後、飛行機で国内を移動することがあったが、テロ対策ということで乗客数名が無作為に抽出され靴までぬがされるというセキュリティチェックをされるようになり、私も含め選ばれた人々の顔ぶれは全員見事にヨーロッパ系ではない外国人であった。特に一見してイスラム系とわかる人がいつも選ばれていた。恐らく、私の名前がHondaやToyotaだったら選ばれなかっただろう。

それから程なく、翌年に私はアメリカを離れた。そして、アメリカは対テロ戦争の深みに入って行った。9.11の悲しみはいつしかテロに対する怒りに変質していた。
私はもう、帰国してからは肌で911を感じることはできなくなった。

後日知った数字だが、アメリカは9.11で約3,000人もの犠牲者が出たという。さらにその後の対テロ戦争でさらに直接の被害者数の倍にあたる約6,000人のアメリカ兵が命を落とした。その一方、テロ支援国家とされたイラクとの戦争では現地民間人に多数の犠牲者を出すこととなった。その正確な数は分かっていないが、WHOの推計では約8万人と言われている。
そしてついに、
2006年12月30日 サダム・フセイン処刑
2011年5月2日 ウーサマ・ビン・ラーディン殺害
オバマ大統領はビン・ラーディン殺害を全国テレビ中継を通じて "Justice has been done"(正義はなされた)と宣言した。ホワイトハウス周辺やWTC跡地では数千の群衆が歓喜の声を挙げたという。

しかし、本当にこれで全ては終ったのだろうか。日付は定かではないが、アメリカがイラクに進行し、少なくとも8万人もの大切な人を失ったイラクの人達に、彼らにとっての新たな9.11を心に刻んでしまっていないだろうか。私は9.11直後、クラスでの友人の言葉をふと思い出す。

10年目の9.11にあたり、私はこれまでの10年間に起こったそれぞれの「正義」のために命を落とされた方々の冥福を只々祈ると同時に、人類の叡智がいつの日かこの悲しみと憎しみのスパイラルから抜け出せることを希望してやまない。

2011年9月1日木曜日

SONY ハワード・ストリンガーCEOの残念な言葉

本日、ソニーがタブレット端末を発表しました。平たく言うとiPadのソニー版が世に出ました。この機器そのものについては多くのネットメディアに取り上げられていますので、詳細はそちらにおまかせすることとします。
私が今回の発表で何よりも一番気になったのは、ハワード・ストリンガーCEOが発した次の言葉でした。
「誰が最初に作ったかでなく、誰がより良いものにしたかが重要だ」
私は正直、これには自分の耳を疑いました。確かにビジネス的な成功を考えた場合は事実であると思います。しかし、まさかソニーのトップからこの言葉が出るとは思いませんでした。

私はソニーの創業者の井深 大さんが東京通信工業株式会社設立趣意書に書かれた最初の言葉が大好きでした。
真面目ナル技術者ノ技能ヲ、最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設
そして、時の週刊誌から「モルモット」と揶揄されたときの反応も好きでした。以下は少し長いですがソニーホームページ、Sony Historyからの引用です。
“しかし後年、井深は『ソニー・モルモット論』に対し、「私どもの電子工業では常に新しいことを、どのように製品に結び付けていくかということが、一つの大きな仕事であり、常に変化していくものを追いかけていくというのは、当たり前である。決まった仕事を、決まったようにやるということは、時代遅れと考えなくてはならない。ゼロから出発して、産業と成りうるものが、いくらでも転がっているのだ。これはつまり商品化に対するモルモット精神を上手に生かしていけば、いくらでも新しい仕事ができてくるということだ。トランジスタについても、アメリカをはじめとしてヨーロッパ各国が、消費者用のラジオなどに見向きもしなかった時に、ソニーを先頭に、たくさんの日本の製造業者がこのラジオの製造に乗り出した。これが今日、日本のメーカーのラジオが世界の市場で圧倒的な強さを示すようになった一番大きな原因である。これが即ち、消費者に対して種々の商品をこしらえるモルモット精神の勝利である」とし、さらに「トランジスタの使い道は、まだまだ私たちの生活の周りにたくさん残っているのではないか。それを一つひとつ開拓して、商品にしていくのがモルモット精神だとすると、モルモット精神もまた良きかなと言わざるを得ないのではないか」と、語っている。”
モルモット精神。私はこれが革新性にあふれたWalkmanを生み出した「カッコいいSONY」の原点だったと確信します。どうしても私は今回のCEOの言葉からは、かつてのソニーが目指したゼロから世に無いものを作り出すというような迫力、ワクワク感が感じられません。

もう、SONYはあの頃のSONYではなくなってしまったのでしょうか。私は勝手に、また一つの時代が終ったような、少し寂しい気持ちになりました。