2011年2月6日日曜日

なぜ中東で騒ぎが起こっているのか

エジプトでは連日大規模なデモが繰り広げられて大変なことになっている。私にとっては1989年のベルリンの壁崩壊後のソビエトをトップにした共産国家が崩壊したときと同じ感慨を覚える。
エジプトの民衆は30年間にわたるムバラク大統領の退陣を求めている。国家を統制するためには権力は必要な手だて。しかしながら洋の東西に関わらず、権力は放っておけば必ず腐敗する。それゆえ、民主国家といわれる国々では、民衆が定期的に選挙を通じて政権の交代を促すことで本能的に危機を回避していると思う。
ところで、人は自分がその事象を見たり聞いたりしない限り、良いものやら悪いものやら判断はできない。「見ること」、「聞くこと」これらはどちらも「情報」をもとに人間がする受動的な行為。その情報をこれまではテレビを筆頭とするマスメディアが担ってきた。東西冷戦は旧共産国がいくら閉ざしても、漏れ伝わる電波を使ったマスメディアが民衆に壁の向こうで起こっていることを伝え続けたことで、抑圧された環境にもうそれ以上我慢できなくなった人々が解放を求めベルリンの壁が崩壊した。
しかし、その重要な役割をになったマスメディアも本当の国民の意思の形成においては万能ではない。これまで情報の信憑性はマスメディアのブランドそのものや、そこに登場する評論家、そしてなぜかタレント等のコメントであたかも裏打ちされているような気になって、さらに自分で考えたような気になっていたのではないだろうか。
90年代後半からインターネットが普及し始め、情報の伝達に要する時間は瞬間となった。ただ、10数年たっても結局は媒体そのものは物理的に変わったが、旧来のマスメディアのブランド力が情報ソースの信頼性を保証するという構図は本質的に変わらなかった。
ところが、自分が普段の生活を冷静に振り返ったとき、本当に重要な判断を下すときに誰の情報や考えを優先して行動しただろうか?それは、ほぼ間違いなく自分の親友や親兄弟、先生などの信頼のおける人々からの情報や発言であると思う。
今インターネット上では、ソーシャルメディアと呼ばれる新たなメディアが台頭している。日本ではまだ馴染みが薄いが、まさにFacebookは実生活の延長線上の信頼のおける人との繋がりをさらに円滑にし、信頼できるひととだけ繋がっているからこそ自由な発言、情報発信を可能とする。この、ソーシャルメディアがこそが今回の中東での一連の動きの原動力となっていることは明白だ。
今、私たちは新たなこの有力なメディアの出現が引き起こした時代の大きなうねりを目の前にし、新たな民意の反映の進展に立ち会っている。このブログを読んで下さった方に、そのことを少しでもご理解いただけたらと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿